徒然

自家菜園

上の画像は8月はじめの頃。それから三週間が経つが、その間に降った雨はほんの僅か。ほぼ毎日、水を入れた20Lポリタンクを数本クルマに積んで水遣りをしています。この畑は自然農法・不耕起栽培なので、一般の慣行農法より保水力はあると思うが、最近の夏の渇水にはとても太刀打ちできない。

朝の8時台には既に30℃、昼頃になるともう35℃を越える暑さです。それでも水遣りを欠かさなければ、なかなか立派な実に成ってくれます。これは広く深く根を張る伝統野菜の生命力によるものなのか?

夏はどんなに暑くても30℃を越える日は多くなく、午後になると雷雲が沸き立って夕立が降り一幅の涼を得られた、子供の頃の夏が懐かしい。この時代、エアコンなんてなく、日当たりの良いプレハブ教室は蒸し風呂のようになるので、体育のプールの時間が待ち遠しかった。他のクラスがプールを使ってないのを確認した先生が授業を中断、私たちをプールに連れて行ってくれた愉快な記憶がある。

 

翻って現代。

メガソーラーの大規模な設置場所が問題になっています。

吾妻山のメガソーラー開発地

古代ローマから続く中世ヨーロッパ諸国では森林を生活の道具として、長い期間、伐採を続け、小麦栽培や牧畜の拡大によって森林を伐採して農地を拡げ+、寒冷地では暖房のために薪を大量に必要とした。

挙句に森が無くなり、自然の浄化力が失われ、ペストをはじめとして幾多の疫病に見舞われた歴史があります。

そのうち海に面したヨーロッパの国々による大航海時代が始まり、各国が競うように造船した結果、構造材として使える森林資源は枯渇。早くに枯渇したイギリスでは、石炭開発による鋼鉄船に取り組み、これが産業革命の礎となる。

日本も同様、山間部の宅地開発によって森を切り開き、保水力を失った表土は大雨によっていとも容易く流出する。

  人間の都合を優先するとどうなるか、歴史が証明しているが、いつまで経っても学びが少ない。